文学の最高峰と呼ばれる魔の山。難解で名高いこの小説のあらすじを3分に要約しました。
トーマス・マン著書「魔の山」。
ものすごく長い上、理解が難しいと言われている超難解なドイツの古典文学です。
全部を読むのは無理!だけど、とりあえず内容を知りたいという方に向け要約してみました。
あらすじだけではなく、魔の山を知る上で押さえておきたいポイントも合わせてご紹介します!
魔の山とは
出典:http://www.cje.ids.czest.pl/
ノーベル賞ドイツ人作家Thomas Mann(以下トーマス・マン)著書の魔の山(Der Zauberberg)は「最高峰作品」であるといって過言ではないでしょう。
この長編作品は、世界文学の中でも最も難解で長大な文学作品です。
この作品には、人生のありとあらゆる問題が詰まっていると言われています。実際、この作品は実にトーマス・マン自身の11年という歳月を費やして完成させました。
ただ11年という時間だけをこの作品に詰め込んだというだけでなく、彼を取り巻く環境や時代背景がその作品をより深いものにしたと言われています。(詳細は後述します)
トーマス・マン「魔の山」はいかなる小説か
まず最初に魔の山の作品の舞台と全体像をご紹介しますね。
魔の山の舞台
スイスのDavos(ダヴォス)にあるサナトリウム(国際結核療養所の総称)ベルクホーフ。これは19世紀に建設された実在する建物でした。
ここが物語の主たる舞台となります。
ダヴォスの街並み
サナトリウムは、海抜1600mのところ(作品中でも指摘される)にあります。
高地であるがゆえ、夏でも雪が降る場所でもあります。
物語の冒頭はこうはじまる
主人公である無垢な青年ハンス・カストルプ(作中では何度も「単純な青年」と扱われる)は、いとこのヨーアヒム・ツィームセンのお見舞いのため、このサナトリウムを3週間の期限付きで訪問します。
主人公ハンス・カストルプはダヴォスの駅はなく、その一つ次の駅で降りようとしていました。
ダヴォスの駅では降りようとしない。そこでヨーアヒムに声を掛けられます。
「やあ、きたね、さあ降りろよ」
このヨーアヒムの台詞をもってして、「魔の山」は始まります。
【ネタバレ】3分で知るトーマス・マン「魔の山」あらすじ
主人公ハンス・カストルプはいとこのヨーアヒムの見舞いを目的にベルクホーフに滞在を始めます。(1907年の出来事と設定されています。)
サナトリウムは「国際」結核療養所というだけあり、非常に多国籍な人々で埋め尽くされています。
主人公ハンス・カストルプは、慣れない土地で悪寒と顔の火照りを感じつつも、食事を済ませ、ベルクホーフ顧問官であるベーレンスとも会話をします。
その中で、「ベルクホーフでの滞在中はヨーアヒムと行動をともにするがいい」と言われ、素直なハンス・カストルプは、それを忠実に実行することを決めました。
ヨーアヒムの散歩にはハンス・カストルプはいつも同行しました。
道中で「片肺クラブ」(肺の摘出手術で肺を取り除いた人々)に脅かされるという一幕がありつつも、散歩を続けました。
この道中で、ハンス・カストルプはイタリア人のセテムブリーニ氏に遭遇する。このセテムブリーニ氏もベルクホーフの患者であるとともに、彼は理性と道徳に絶対の信頼を置く民主主義者でした。
また、ハンス・カストルプは、療養期間中に出会ったロシア婦人のクラウディア・ショーシャに恋をしてしまいます。
後、ハンス・カストルプは、ベルクホーフに入った時すでに感じていた悪寒と顔の火照りが熱によるものだと知り、療養のため、この3週間の滞在を延長することを決めました。
そして、謝肉祭の夜には、ハンス・カストルプは、クラウディア・ショーシャにまさに熱烈といえる告白を行います。(これまで、長い滞在があったが、二人が直接的に話したのはこれが初めて。)
しかし、クラウディア・ショーシャは明日にこのベルクホーフを去ることを告げ、二人は永遠に一緒になれないと知ってしまうのです。(ここで上巻が終わる(訳本もそうですが、原作もその作りです))
下巻では、もう少し時が進み、セテムブリーニ氏は自身の民主主義活動の本格化の為、ベルクホーフを去り、ダヴォスのある家の屋根裏を借り、そこに住み始めます。
この家の二階に住んでいたのがナフタ氏でした。ナフタ氏は、セテムブリーニ氏とは真反対的な思考を持つ鋭い男であり、服従・独裁によって神の国をうち捨てようとする虚無主義者でした。
ハンス・カストルプは、この二人の論争を踏まえつつ、「自己」を形成していきます。下巻はその過程が主です。
そして、日常世界から隔離され、病気と死に支配されたこのベルクホーフで、精神と本能的生命、秩序と混沌、合理と非合理の対立する諸相を経験します。
ハンス・カストルプはなんと7年もこのベルクホーフに滞在することになります。(1907~1914年)
そして、ハンス・カストルプは”愛とヒューマニズムを予感しながら”第一次世界大戦(1914年勃発)に参戦してゆくこととなり、そこで物語は終結します。
魔の山を語る上で外せないポイント!
作者と時代の背景
第一次世界大戦時のヨーロッパの地図。
「魔の山」は物語的、いわば小説的側面を持っていますが、それ以上に教養小説的側面が強いです。
まず、作者のトーマス・マンは1913年7月に「魔の山」を執筆しました。
当時、マン自身の思想を傾けつくした巨作「ヴェニスに死す」が発表されたばかりで、マン自身は「今度は軽い内容の作品を」、と当初は考えていたのです。
しかし、ドイツを含め、世界は不況に包まれ(いわゆる世界恐慌)、デカダント(退廃主義)的思考が強まってきた最中。
ドイツはひどい不況に追い込まれ、人々の生活はまるでじわじわと首が絞められるように困窮に傾いていきました。
そして、ドイツが戦争への気が高まりを見せた頃、マンは「魔の山」の執筆を一時中断し、政治評論「非政治的人間の考察」(民主主義・統一ヨーロッパの思想を見せていた兄を批判。当時のマンはドイツ文化擁護派であった。)の執筆をしました。
その後、1918年ドイツは戦争に敗北します。
極右派であったマンは絶望を感じ、寄る辺なき精神状態となりつつも、1919年に「魔の山」の執筆を再開。
1922年には講演「ドイツ共和国において」で極右派から、左派に転向。
1924年に「魔の山」を完成させました。
こうして、第一次世界大戦を通したマンの思想が「魔の山」に詰め込まれることとなり、結果として重い内容と評される作品となったのです。
サナトリウム「ベルホーク」は当時のヨーロッパの姿
国際的サナトリウムであるベルクホーフは、多国籍的あるが、これはまさに当時のヨーロッパを示しています。
巨視的にみれば、物語が第一次世界大戦前のヨーロッパの社会的・政治的・精神的なものを反映していることがわかります。
また、物語の流れも、当時の社会の風潮を色濃く反映していて、物語終盤でサナトリウムを席巻する妙な倦怠感・不安感、そしてイラつきは当時の社会の行き詰まり(デカダント)を示しており、実際の社会と同じく、物語は戦争へと突入していきます。
また、物語ではこの妙な倦怠感が席巻する前、ペーペルコルンという人物がベルクホーフに滞在し、劇的な死(自殺)を遂げるますが、この人物はセテムブリーニ氏・ナフタ氏とは違い、ロジックを吹き飛ばすほどの存在。
いわゆる、「生の哲学者」の投影として現れます。
ペーペルコルン氏の自殺の後、デカダントが始まるというのは、非常に当時の社会を投影しているのです。
この作品は前半は、セテムブリーニ氏(ヒューマニスト)とショーシャ(Eros(エロス)の精神)の間で揺れ動くハンス・カストルプの精神を、中盤はセテムブリーニ氏(民主主義)とナフタ氏(共産主義)の間で揺れ動くハンス・カストルプの精神を、終盤はセテムブリーニ氏・ナフタ氏(論理・言葉の精神)とペーペルコルン氏(生の哲学)の間で揺れ動くハンス・カストルプの精神をを描いているといえます。
これが、非常に上手く投影されているのが本作の最大の魅力であるといえます。
普通に読んだだけでは気づけない構成だと言えますね。
散りばめられる「7」の意味
「魔の山」は先述の通り、難解極まりない内容をしているが、むろんそれ以外にも多数の文学的主張がちりばめられています。
例えば、本作では数字に注目するのが分かりやすいです。
7つの章があり、49節(ペーペルコルン死の説は3つに分かれているが、タイトルが共通している為ひとまとめとする)で構成されています。
ハンス・カストルプの滞在は7年間であり、彼の部屋は34号室(3+4=7)です。
ヨーアヒムは午後7時に病で亡くなります。
他にも、この物語には「7」がさりげなく多く使われています。
これは、神による天地創造が7日間であったことを踏襲しており、このような技法は当時のドイツ文学ではよく使われていました。
登場人物の名前に注目
また、登場人物の名前にも注目してみましょう。
主人公ハンス・カストルプの「ハンス」はよくあるドイツ人の名。
カストルプはラテン語のcastus(無垢な)に由来していると思われます。
無垢な青年であることを案に示した名前です。
軍人的性格を持つヨーアヒムは、プロイセンの将軍から命名されたと考えます。
ナフタ氏は、語り手によって「すべてが鋭い」「腐食的醜さ」と示されている通り、強烈な異臭を放つナフタリンに由来しているのだと推測できます。
このように、マンは全ての登場人物に意図的な命名がなされています。
マン研究者のティロフによると、「マンは最後の偉大なる名前の考案者であり、名前の魔術師なのです」と指摘しています。
魔の山の映画化・DVD
映画版「魔の山」。
日本語版はダイジェスト版のみ。残念。
出典:Amazon.com
こちらも映画版「魔の山」。
村上春樹氏著「ノルウェイの森」に登場する「魔の山」
日本で有名な小説、村上春樹氏「ノルウェイの森」。
この作品は、主人公が「魔の山」の愛読者であることが作中で述べられている通り、「魔の山」を下敷きにした作品であることが指摘されています。
他にも、マンの徹底したリアリズムや思想・言語のリズムは多くの作家に影響を与えていると言われています。
日本で有名な作家では、三島由紀夫(同性愛的側面を含むかどうかは議論が必要か)・北杜夫・辻邦夫・筒井康隆ら他多数が挙げられます。
研究の余地を残しつつ、「魔の山」への招待
トーマス・マン、高橋義孝/訳 『魔の山〔上〕』 | 新潮社
上記は僕が思うに恐らく、一番読みやすく登場人物の個性を生かした訳がなされている訳本です。高橋義孝氏の訳本は質が高く、どの本もおすすめ。(上巻・約700P 下巻・約800P)
「魔の山」は上記にまとめた以外にも数多くの魅力があります。
じっくりと読めば人それぞれの好きなところが見つかるはずです。魔の山の大ファンの僕としてはまだまだ他にもご紹介したい見どころポイントがたくさんありますが、長くなるため…今回はここまでにしておきたいと思います。
きっと研究されつくしていない所はまだあるはず。
読むごとに新たな発見が得られる作品と言えるほど、魔の山は奥深い作品です。
例えば、徹底的にリアリズムを追及しておきながら、終盤にはヨーアヒムの幽霊が現れるんですよね。これはいったい何…?と思わせる数々の描写。
ぜひ、「魔の山」に一度登ってみましょう。
思想か、真理か、哲学か、必ず得られるものがあるはずですよ。
おらひ
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